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「50周年記念誌」を作ろうプロジェクト

1 趣旨

令和6年7月に、同窓会のEb3(73-82)支部となった本会は、Eb3_OB会としての活動開始以来、来年で創立50周年の節目を迎えることとなった。この機会に、これまでの歩みを振り返るとともに、現在の会員の思いを集約した記念誌を作成して、会員相互の親睦を深め、今後の本会の活動の指針とする。

2 内容

提案募集中です

・本会のこれまでの歩み          記録と写真

・会員の声          内容自由

  (エッセイ、思い出、近況、写真、俳句、川柳、短歌、旅行記、・・・・)

・その他

​エッセイの例をいただきました。ご参考に。

<控え室> 73E1710

  教育学部第2棟の通路から入ってすぐ右側にEb3の控え室はあった。12畳?ほどの空間の中心に大き目のテーブルが2つ?周囲にはロッカー、黒板があったと記憶している。

 当時は今のような通信手段などなく、この部屋の存在がクラス仲間のつながりを保つ重要な役割を果たしていた。伝言板、自由書き込みの連絡ノートが主な手段だった。授業の合間には極力足を運んで(というより暇だった…麻雀の面子探しも重要な側面だった)先輩から学び、さらに先輩や後輩との交流にも広がりをもたらしてくれたこの控え室の存在は今考えても大きなものだった。1年次は見よう見まね、2年次は創意工夫、3年次になると好き勝手に使うようになっていったように思う。タテ割り合宿の相談・打ち合わせをしたり窓際で麻雀をしたり、授業の情報交換も当然のごとく重要なひと時であった。思い出すのは、当時「頭の体操」でベストセラーとなり超多忙の教育心理の多湖輝先生の講義はほとんどが休講になり、そのたびに控え室から雀荘へ向かっていったものである。

<いちょう並木>

  当時、学部棟から生協までは見晴らしがよかった。現在は息がつまりそうなくらい建物が密集している。学務課の入っていた第1棟の前のいちょう並木は今も変わらないが、50年の時を経て想像以上の大木になっている。いちょうといえば銀杏だが、物理の砂田研究室で大半を過ごすようになるとどうにも気になって、当然のことのように収穫したものだった。当時の実験室には、出所は分からないがなぜかマンホールの蓋があり、ガスコンロも備わっていた。夕方、収穫した銀杏を流しで洗い、水気をふき取ってマンホールの蓋の上に並べて焼いた。そのままだと破裂するので、ペンチで割って焼いていた。新鮮な銀杏の焼き上がりはエメラルドグリーンで何とも言えない透明感があり、淡白ながら深みのある味で、貧乏学生の密かな楽しみでもあった。

3 作成日程

仮の日程です

       令和7年5月~8年3月   編集委員募集

       令和7年11月~8年3月   構成検討

       令和8年3月               原稿募集、写真募集

       令和8年6月                原稿締め切り

       令和8年5月~9月 編集、校正(オンライン)

        令和8年10月       印刷、完成

       令和8年12月           箱根湯本で配布、郵送

4 記念誌の構成(素案) (全ページカラー)

構成    / 頁 / 内容 / 担当

表紙    /   /    / 編集委員

目次    / 1 /     / 編集委員

支部長挨拶 / 1 /     / 支部長

写真    / 4 / 会員から募集して構成する / 編集委員

会員の声  / 100 / 1人1ページ程度(B5判、横書き)内容自由 テンプレート送付

          / 仮に100人とすると100ページ

          / ワードまたはPdfで提出する / 各会員、学籍番号順に編集

本会の歩み / 3 / 開催記録、日時、会場、写真  / 事務局、編集委員

Eb3の歌  / 2 / 歌詞、楽譜   / 事務局

会則    / 2 /         / 事務局

奥付    / 1 /         / 編集委員

裏表紙                / 編集委員

      114

           ※総ページ数は、原稿を寄せる人数により変動する。

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